私がロッソ・フィオレンティーノの絵に初めて触れたとき、正直に言うと戸惑いのほうが先に立ちました。ルネサンスの画家と聞いて思い浮かべる、整った構図や安心感のある美しさとは、どこか違うのです。
人物の表情は鋭く、身体の動きは不自然なほど誇張され、色彩も穏やかとは言えません。それなのに、目を離せなくなる力がありました。車椅子で過ごす私の日常も、決して一直線で整ったものではありません。
だからこそ、彼の絵が放つ不安定さや緊張感に、妙な親近感を覚えたのかもしれません。今回は、そんなロッソ・フィオレンティーノという画家の生い立ちと絵について、私なりの目線でじっくり書いてみたいと思います。
ロッソ・フィオレンティーノの生い立ちとは?

ロッソ・フィオレンティーノは、1495年にフィレンツェで生まれました。本名はジャンバッティスタ・ディ・ヤコポ。赤毛だったことからロッソと呼ばれるようになったと言われています。
彼が育ったフィレンツェは、ミケランジェロやラファエロの影響が色濃く残る芸術の中心地でした。そのため、若い頃のロッソも当然のように、古典的で調和の取れた美を学びます。しかし彼は、その枠に収まりきらない性格だったようです。
当時のフィレンツェは政治的にも不安定で、芸術家たちも安定した仕事を得るのが難しい時代でした。ロッソは各地を転々としながら制作を続け、やがてローマへ向かいます。
しかし1527年のローマ劫掠という大事件に遭遇し、彼の人生は大きく揺さぶられます。この混乱は、彼の精神面にも深い影響を与えたと考えられています。その後、ロッソはフランスへ渡り、フォンテーヌブロー宮廷で活躍することになります。
異国の地で評価を得た一方、孤独や葛藤を抱え続けた生涯だったとも言われています。
ロッソ・フィオレンティーノの絵とは?
ロッソ・フィオレンティーノの絵を一言で表すなら、緊張感という言葉が浮かびます。宗教画であっても、祈りや安らぎより、どこか不穏な空気が漂っているのです。代表作の一つであるキリスト降架の場面では、人物たちの身体が奇妙に引き伸ばされ、視線の向きもばらばらです。
見ている側は、自然と落ち着かない気持ちになりますが、それが逆に強い印象を残します。私自身、日常生活で思うように体が動かない瞬間があります。その不自由さや苛立ちを、ロッソの人物たちの歪んだ姿に重ねてしまうことがあります。
整っていないからこそ、そこに人間らしさが見える。彼の絵は、理想化された美ではなく、不完全な人間の姿を真正面から突きつけてくるように感じます。
ロッソ・フィオレンティーノの絵の特徴とは?
ロッソ・フィオレンティーノの最大の特徴は、マニエリスムと呼ばれる様式を強烈に体現している点です。マニエリスムは、ルネサンスの調和や均衡からあえて外れ、人工的で誇張された表現を重視します。ロッソの場合、鋭い輪郭線、激しい色彩対比、不自然なポーズが顕著です。
特に赤や緑といった色の使い方は印象的で、画面全体に不安と緊迫感を与えます。また、人物の表情も一様ではなく、苦悩や恐怖、戸惑いといった感情がむき出しです。これらは偶然ではなく、彼自身の内面や時代の混乱が反映された結果だと思います。
私が彼の絵を何度も見返してしまう理由は、答えを与えてくれないからです。きれいだとか、感動したとか、単純な感想で終わらせることができません。見るたびに、自分の心の状態によって受け取り方が変わる。その不確かさこそが、ロッソの絵の魅力なのだと感じています。
最後に
ロッソ・フィオレンティーノは、万人に好かれるタイプの画家ではないかもしれません。しかし、だからこそ今の時代にも強く響く存在だと思います。完璧さや正解を求めがちな現代において、彼の絵は、歪んでいてもいい、不安定でもいいと語りかけてくるようです。
車椅子ユーザーとして生きる私の日常も、予定通りにいかないことの連続です。それでも、その中にしか見えない景色があります。ロッソの絵も同じで、整っていないからこそ見えてくる真実がある。
彼の作品に触れることで、自分自身の不完全さを少しだけ肯定できるような気がします。もし、まだ彼の絵をじっくり見たことがない方がいたら、ぜひ一度向き合ってみてほしいです。きっと、心に引っかかる何かが残るはずです。
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