先日、朝のニュースを見ながらコーヒーを飲んでいたとき、ふとカナレットの絵が思い浮かびました。絵の中に描かれた水面のきらめきや、レンガ造りの建物が光を受けてきらめくあの雰囲気が、なぜか私の日常を少しだけ前向きにしてくれるのです。
車椅子生活をしている私にとって、外に出られない時間も長いのですが、絵を見ると旅をしているような気持ちになります。その中でもカナレットの絵は、まるでヴェネツィアの水の香りまで運んでくれるようで、画面の中にそっと顔を近づけて深呼吸をしたくなるのです。
カナレットの生い立ちとは?
カナレット(本名ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)は1697年、イタリアのヴェネツィアで生まれました。父親は舞台美術家であり、彼も若い頃は父と一緒に舞台装置の制作に携わっていたそうです。
舞台美術の経験が、後の彼の構図感覚や光と影の使い方に影響を与えたとも言われています。カナレットは舞台美術の世界から飛び出し、ヴェネツィアの風景を描き続ける画家へと歩みを進めました。
当時のヴェネツィアは貿易都市として繁栄しており、ヨーロッパ中の貴族や商人たちが訪れる活気に満ちた街でした。そんな街の風景を精密かつ美しく描き出すカナレットの絵は、特にイギリス人旅行者たちから人気を集め、お土産としてもてはやされました。
彼は途中でロンドンにも移り住み、テムズ川沿いの風景を描くなど、画家としての活動範囲を広げますが、最終的には愛するヴェネツィアへ戻り、生涯を閉じることとなりました。
カナレットの絵とは?
カナレットの絵を一枚一枚見ていると、どの作品も「静けさ」と「にぎわい」が同時に存在していることに気づきます。
運河沿いにはゴンドラが行き交い、橋の上には旅人や商人たちが行き交います。空はどこまでも澄み渡り、建物の壁は光を反射して水面に映り込み、その水面がまたゆらゆらと揺れて、まるで呼吸しているかのようです。
私が好きな作品のひとつが『リアルト橋の眺め』。ヴェネツィアの象徴ともいえるリアルト橋を中心に、川沿いの市場や船の行き交う様子が細部まで描かれています。
その中で小さな人物たちが、買い物をしたり話し込んでいたりと、一枚の絵の中で小さなドラマを作っているのが見ていて楽しいのです。
また『サン・マルコ広場の眺め』では、光を浴びる大聖堂の白さが強調される一方で、その前に広がる広場に集まる人々の影がリズムを生み出し、絵の中に時間が流れていることを感じさせます。
カナレットの絵の特徴とは?
カナレットの絵の最大の特徴は、建物の精緻な描写と、光と空気感の表現にあります。
舞台美術で鍛えた透視図法を駆使し、画面の奥行きがぐっと感じられる構図を取りながらも、細部の建物のレンガの形、窓の形、船の帆の形に至るまで、一切妥協なく描き込んでいます。
それなのに堅苦しく見えないのは、空の描き方と水面の揺らぎ、そしてそこに差し込む光の表現が、絵の中に風を吹かせているからだと思います。
私は絵の専門家ではありませんが、カナレットの絵を眺めていると、自分が車椅子であっても絵の中にすっと入っていけるような「隙間」が用意されているように感じます。それは、おそらく彼自身が絵を通して風景の美しさを共有したいと願っていたからではないでしょうか。
彼の絵はただの観光絵葉書のような風景画ではなく、その街で生活する人々の空気、時間の流れ、光の動きまでを封じ込めた生きた風景画です。
最後に
私は車椅子での生活になってから、外出の回数はどうしても減りました。でも、カナレットの絵を見ると、ヴェネツィアの水辺を旅しているような気分を味わえます。
人の流れ、船の音、光の動き、風の匂い。それらが絵の中にすべて詰まっていて、疲れた日にはその絵の中でひと息つくことができます。
もし、今あなたがどこかへ旅に出たいけれど出られない日々を送っているなら、一度カナレットの絵をじっと見てみてください。私のように、「旅をする力」を絵から受け取ることができるかもしれません。
カナレットが描いた光と水の街、ヴェネツィア。その絵の中にはきっと、私たちが忘れかけている穏やかな時間が流れているのだと信じています。
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