美術館を訪れたとき、不意に立ち止まってしまったことがあります。目の前にあったのは、赤や黄、黒、白の点や線が織りなす、まるで大地の鼓動を映し出すような不思議な絵。
その作者の名前を見て、「エミリー・カーメ・ウングワレー」と書かれていました。正直、私はそのときまで彼女のことを知らなかったのですが、それがきっかけで興味を持ち、いろいろと調べてみることになりました。
エミリー・カーメ・ウングワレーの生い立ちとは?
エミリー・カーメ・ウングワレーは、1910年頃(正確な記録は残っていません)、オーストラリアのアリス・スプリングス近く、ウートという小さな地域で生まれました。
彼女は、オーストラリア先住民族であるアナング族の一部、アンマティヤラ人の出身で、伝統的なアボリジニ文化の中で育ちました。
正式な美術教育を受けたわけではありませんが、幼い頃から「ドリームタイム(夢の時代)」と呼ばれるアボリジニの神話や自然との関わりの中で育まれた感性が、のちの作品に深く根ざしています。
彼女が本格的に絵を描き始めたのはなんと70代に入ってから。長い間、バティックという布染めをしていた彼女が、キャンバスに絵の具で描くようになったのは1980年代末、まさに晩年のことでした。
エミリー・カーメ・ウングワレーの絵とは?
ウングワレーの絵を初めて見た人は、おそらく「抽象画だ」と感じると思います。実際に彼女の絵には人や動物などの形はあまり出てきません。しかし、それは彼女の描こうとしていた世界が、形あるものを超えた「存在」や「リズム」だったからかもしれません。
彼女の代表作のひとつ『Big Yam Dreaming(大きなヤム芋の夢)』では、黒い背景に無数の白い線が広がっており、まるで根が地中深く張りめぐらされているようです。
この「ヤム芋」はアボリジニの食文化や神話の中でも特別な存在であり、絵の中には自然への祈りや感謝、そして生命の循環といった深い意味が込められているのです。
エミリー・カーメ・ウングワレーの絵の特徴とは?
ウングワレーの絵の最大の特徴は、やはりその点描と色彩の使い方です。筆で描いたというよりも、まるで布を叩くようにリズムを刻んでいるかのような筆致。
赤や黄、白、黒、時には緑や青も使われるそれらの色彩は、彼女が生まれ育った中央オーストラリアの乾いた大地や夕陽、星空、草木、儀式の場を想起させます。
また、彼女の作品には「ドット・ペインティング」と呼ばれる技法がよく見られます。これはアボリジニの伝統的な表現方法で、点の集合によって物語や精神世界を表現します。
ウングワレーはこの技法を自分流に昇華させ、巨大なキャンバスいっぱいに広がる壮大な抽象世界を描き上げました。
そしてもうひとつ特筆すべきは、彼女の描くスケール感です。年老いた彼女が、床に座りながら巨大なキャンバスに一心不乱に色を乗せていく姿を想像すると、それだけで心を打たれます。キャンバスという枠を超えて、まるで大地そのものを描こうとしているかのような迫力があるのです。
最後に
エミリー・カーメ・ウングワレーは、1996年にこの世を去りましたが、わずか8年ほどの制作活動で描いた絵は3000点以上にものぼるといわれています。
その数もさることながら、作品ひとつひとつに込められた自然への祈り、土地との一体感、そして生きることへの静かな肯定が、多くの人の心に響いています。
彼女の絵は「モダンアート」と呼ばれることもありますが、実際にはそれ以上に深く、古く、そして普遍的なものが流れているように思います。
文明や美術教育とは無縁だった一人の女性が、大地に耳を澄ませながら、自然と対話し、その声を絵として伝えようとした——そんな純粋さが、現代を生きる私たちの心にも届くのかもしれません。
都会の喧騒に疲れたとき、彼女の絵にふと触れてみてください。言葉では語れない何かが、そっと背中を押してくれる気がします。
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