絵の世界に心を奪われる瞬間というのは、突然訪れます。私の場合、レメディオスバロという画家の作品を初めて目にした時、その感覚が強烈に胸に残りました。彼女の絵には、現実と夢の狭間で浮遊するような独自の空気があり、ページを開いたまましばらく視線を動かせなかったほどです。
色彩は決して派手ではないのに、視線を吸い込むような深さがあり、ただの幻想絵画という言葉では片付けられない世界観が広がっています。
私は車椅子で生活する日常の中で、動ける範囲は限られていますが、彼女の絵に触れると、身体とは別のところで心が自由になっていく感覚があります。
そんな感覚を頼りに、今日はレメディオスバロの生涯から、作品、そしてその特徴までを書いていきたいと思います。
レメディオスバロの生い立ちとは?

レメディオスバロは一九〇八年にスペインで生まれました。幼少期から絵を描くことに興味を持ち、家族の影響も受けながら芸術の道へと進みました。十代になる頃には、美術学校へ通い、しっかりとした技術を身につけ始めます。
しかし、彼女の人生は安定した一本道ではありませんでした。スペイン内戦の影響で国を離れざるを得ず、その後フランスを経てメキシコに渡ります。この移動の多さは、世界の断片を拾い集めるような経験だったのではないかと私は感じます。
人は住む場所が変わるたびに価値観も揺れ動きますが、レメディオスバロもまた、その揺れを糧にして独自の感性を形作ったのだと思います。メキシコでの生活は彼女に安息と創作の場を与え、そこで描かれた作品たちは今でも強い印象を残し続けています。
レメディオスバロの絵とは?
レメディオスバロの絵を語るとき、すぐに思い浮かぶのは幻想的という言葉です。ただ、その幻想さは単なる空想の景色ではありません。物語を読み進めるような流れがあり、絵の中に細かな装置や人物たちの動きが配置され、視線が自然と絵の内部へ入り込んでいきます。
私は初めて彼女の絵を見たとき、まるで扉を開いて別の部屋に入ったような気持ちになりました。キャラクターたちは無表情でありながら、ただ静かなだけではなく、どこかで何かを企んでいるようにも見える。
機械のような道具が描かれているのに、人の温度が感じられる。そういった二重性があり、その曖昧さが心をつかむのだと私は考えています。
レメディオスバロの絵の特徴とは?
バロの絵には、細い線と繊細な色の重なりがあります。色数は決して多くはなく、どちらかといえば落ち着いたトーンが中心ですが、その中に柔らかい光が宿っています。
人物の手足は細く、衣装には無数の模様が描かれ、まるで夢の中でしか成立しない衣装のように見えます。さらに、建物や背景のモチーフにも独自の癖があり、どれも現実の建築物に似ていながら、そのどこにも存在しない不思議さが漂っています。
私はその特徴を見つめながら、日常生活の中にもこのような「別世界の気配」が潜んでいるのではないかと考えてしまいます。車椅子で生活していると、見える景色は制限されやすいものですが、視線を変えることで世界が広がる瞬間は確かにあるのです。
そうした感覚が、バロの作品に私を強く惹きつける理由だと思います。
最後に
レメディオスバロの作品は、現実と夢、機械と人、深さと静けさが絶妙に交差した世界を描き続けました。私が彼女の絵を見て感じたのは、自分の中にある静かな想像力が呼び覚まされる感覚です。
身体は動かなくても心は旅を続けることができる。そんな当たり前のことを、彼女の絵が改めて思い出させてくれるのです。生涯を通じて居場所を求め続けた彼女の人生は決して平坦ではありませんでしたが、その歩みが作品となり、現在まで受け継がれています。
私にとってレメディオスバロの作品は、単なる絵画ではなく、心の奥にある小さな扉を開く鍵のような存在です。その鍵を手にした誰もが、自分の中に眠る世界へ一歩踏み出せるのではないでしょうか。
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